■第1回「消費者志向経営とは何か」                             2015年10月6日

  消費者庁では2016年4月に「消費者志向経営の取組促進に関する検討会」報告書(http://www.caa.go.jp/information/pdf/160406_houkokusho.pdf)を公表している。そこでは消費者志向経営を次のように定義している。 

 

 本報告書における「消費者志向経営」とは、基本的に事業者が行う次の活動を意味している。 

●事業者が、現在の顧客だけでなく、消費者全体の視点に立ち、消費者の権利の確保及び利益の向上を図ることを経営の中心と位置付けること。 

●その上で、健全な市場の担い手として、消費者の安全や取引の公正性の確保、消費者に必要な情報の提供、消費者の知識、経験等への配慮、苦情処理体制の整備等を通じ、消費者の信頼を獲得すること。 

●さらに、中長期的な視点に立ち、持続可能で望ましい社会の構築に向けて、自らの社会的責任を自覚して事業活動を行うこと。

 

この定義を見ると、最初に「消費者の権利」が消費者志向経営の中心として位置づけられていることがわかる。企業の対象を単なる「顧客」と捉えるだけでは、なぜ消費者志向経営に「消費者の権利」が入るのかが理解できないだろう。消費者は市場のなかで企業と比べて商品等の情報の格差や交渉力の格差からさまざまな不利益を受けるという特性を持っていることから、消費者の権利が認められるのである。 

なお、消費者問題の専門家組織であるNACS[1])では、2004年に「消費者志向マネジメントシステム」(COMS)[2])を公表し、消費者志向経営方針の1つとして「消費者の権利の尊重」を掲げている。 

しかし、企業の顧客満足あるいは消費者志向経営のなかで「消費者の権利」を前面に出すところはほとんど存在しない。企業にとっては「消費者の権利」を方針等に盛り込むには大きな壁が存在するようである。

その中でも消費者の権利を方針等に盛り込む企業もないわけではない。今回はそれを紹介しよう。 

 

TOTOグループ―TOTOグループビジネス行動ガイドライン】 

 出所:http://www.toto.co.jp/company/csr/management/compliance/pdf/business_guideline.pdf

 

TOTOグループビジネス行動ガイドラインには「商品・サービス」の項目があり、さらに「お客様(消費者の保護)」のなかに、「お客さまにとって必要な情報を明確で平易に提供すると共に、苦情には適性かつ迅速に対応し、お客様の安全とお客様満足を実現します」と明記し、印刷物、Webサイトや苦情対応でこれらを遵守することとしている。 

前半の情報提供等の記述は、消費者基本法における事業者の責務に関わる記述である。「お客様(消費者)の権利」については、同ガイドラインの参考として記述されている。 

 

【雪印メグミルク―雪印メグミルク行動基準・消費者重視経営】

  出所:http://www.meg-snow.com/corporate/conduct/

      http://www.meg-snow.com/csr/consumer/

 

  雪印メグミルクでは、「雪印行動基準」のなかの「お客様・消費者に対する姿勢」には「私たちは、消費者基本法に基づく『消費者の権利』と『事業者の責務』を認識し、自分自身が会社を代表しているという自覚を持って行動します。」 

 また同グループでは従来から「消費者重視経営の実践」を掲げ、それは「消費者基本法を根幹」として、「消費者の権利」を明記し、それに事業者は「向き合う」として「事業者の責務」が明記されている。また消費者重視経営には「4つの姿勢」と「情報開示」を掲げている。

 

4つの姿勢」には以下の内容が記載されている。 

■安全で安心していただける商品の提供 

■消費者への情報提供、情報開示 

■消費者の声を傾聴し、経営に反映 

■危機管理体制の整備により迅速、適切に対応

 

「情報開示」には以下の内容が記載されている。 

■活動報告(CSRの取組み) 

■ホームページ 

 

【大阪よどがわ市民生活協同組合―自主行動基準】

  出所:http://www.yodogawa.coop/about/kimari/jisyu.html

 

 大阪よどがわ市民生活協同組合の自主行動基準のなかに、「消費者・組合員に対する行動基準」の項目があり、そのなかに「食の安全をはじめ消費者の権利の保全の取り組みをすすめます。」が盛り込まれている。 

 なお、生活協同組合はほかでも同様に「消費者の権利」を自主行動基準に盛り込んだものが多い。生活協同組合は消費者一人ひとりがお金(出資金)を出し合い組合員となり、協同で運営・利用する組織であることから当然ともいえる。

 

このように企業によっては消費者の権利さらには事業者の責務も明記している。この記述の背景には企業が対象を「顧客」としてだけではなく、消費者の置かれた現状を理解して、消費者には権利があることを社員に明確にさせ、単なる顧客満足ではない取組みをしようとするものと評価できる。

 

参考:消費者基本法(2004)

◆消費者の権利(同法第2条の「基本理念」に記載)

    消費生活における基本的な需要が満たされる権利

    健全な生活環境が確保される権利

    消費者の安全が確保される権利

    消費者の自主的かつ合理的な選択の機会が確保される権利

    消費者に対し必要な情報が提供される権利

    消費者教育の機会が提供される権利

    消費者の意見が消費者政策に反映される権利

   消費者の被害が適切かつ迅速に救済される権利

◆事業者の責務(同法第5条に記載)

1項 事業者は、第二条の消費者の権利の尊重及びその自立の支援その他の基本理念にかんがみ、その供給する商品及び役務について、次に掲げる責務を有する。

  消費者の安全及び消費者との取引における公正を確保すること。

  消費者に対し必要な情報を明確かつ平易に提供すること。

  消費者との取引に際して、消費者の知識、経験及び財産の状況等に配慮すること。

  消費者との間に生じた苦情を適切かつ迅速に処理するために必要な体制の整備等に努め、当該苦情を適切に処理すること。

  国又は地方公共団体が実施する消費者政策に協力すること。

2項 事業者は、その供給する商品及び役務に関し環境の保全に配慮するとともに、当該商品及び役務について品質等を向上させ、その事業活動に関し自らが遵守すべき基準を作成すること等により消費者の信頼を確保するよう努めなければならない。

 



[1]) NACSとは、公益社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会の略称で、消費生活アドバイザー、消費生活コンサルタント、消費生活相談員をメンバーとする。

[2] COMSは2003年から2004年にかけて、経済産業省の受託事業として作成されたもので、企業などの組織が、消費者の権利・利益を尊重し、消費者のニーズや期待に応えた消費者志向経営を実施・推進していくことによって、その社会的責任を果たすための要件を指針として定めたものである。

  なお、古谷由紀子(2010)「消費者志向の経営戦略」(芙蓉書房出版)にはその解説と事例を記述している。